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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)135号 判決

埼玉県戸田市美女木1丁目15番11号喜秋マンション202号

原告

三浦工業株式会社

代表者代表取締役

三浦菱興

埼玉県戸田市美女木1丁目15番11号喜秋マンション202号

原告

三浦菱興

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

築山敏昭

高橋邦彦

幸長保次郎

伊藤三男

関口博

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告ら

特許庁が、平成2年審判第22651号事件について、平成6年4月12日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告らは、昭和60年11月26日、名称を「滑り止めタイヤ」とする考案(以下「本願考案」という。)にっき、実用新案登録出願をしたが、平成2年10月8日に拒絶査定を受けたので、同年12月12日、これに対し不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成2年審判第22651号事件として審理したうえ、平成6年4月12日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年5月16日、原告らに送達された。

2  本願考案の要旨(実用新案登録請求の範囲第1項の記載のとおり)

植物繊維、動物繊維、合成繊維その他より成る繊維状物1を方向をそろえて所定断面形状に集束し、かっ前記方向に対し略直交する方向へ切断することにより滑り止めチップ2を形成し、他方、タイヤ本体3の接地面4に、その幅方向へ細長く突出したトレッド凸部7を多数タイヤ周方向へ間隔をおいて突設し、各トレッド凸部7のタイヤ幅方向に前記チップ2を、その繊維状物1の切断面を接地可能に外側にして、1又は2以上固定したことを特徴とする滑り止めタイヤ。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願考案は、特開昭60-166507号公報(以下「引用例」という。)に記載された考案に基づいて、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法3条2項により実用新案登録を受けることができないとした。

第3  原告ら主張の取消事由の要点

審決の理由中、本願考案の要旨の認定は認める。引用例の記載事項の認定は、引用例8欄19行~9欄4行に審決認定の記載(審決書3頁16~20行)があることは認めるが、その余は争う。

本願考案と引用例の第9図及び12欄10~12行に開示されたもの(以下「引用例考案」という。)の一致点の認定(同順12~20行)は争う。両者の相違点1、2の認定(同5頁2~9行)及びこれについての判断(同5頁17行~6頁16行)は認めるが、相違点3の認定(同5頁10~14行)及びこれについての判断(同6頁17行~7頁5行)、請求人の主張についての判断(同7頁6~19行)及び結論の部分(同8頁1~5行)は争う。

審決は、引用例考案の技術内容を誤認して、本願考案と引用例考案の一致点の認定を誤り、相違点を看過し(取消事由1)、相違点3の認定及び判断を誤っだ(取消事由2)結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(一致点の誤認及び相違点の看過)

(1)  審決は、引用例には、「滑り止め材(2)を方向をそろえて所定断面形状に集束しゴムなどの樹脂で固め、かつ前記方向に対し略直交する方向へ切断することにより滑り止めチップを形成」することが開示されていると認定している(審決書3頁1~7行)が、誤りである。

引用例考案は、氷雪面に食い込む手段として「滑り止め材2」を必須としているものであり、これを従来のスパイクによるピック的な効果に替えようとするものである。換言すれば、金属スパイクに替えて有機繊維の「滑り止め材2」の集束物を提供するものであり、そのために有機繊維は樹脂を含浸させて、しかも固めなければならないのである。

したがって、引用例(甲第2号証)に示されている滑り止め材2も、本質的に金属スパイクと同じであり、氷雪面の凹凸に引っ掛かりあるいは氷雪面に食い込む目的、効果を達成するものでなければならない。また、引用例(第9図及び12欄10~12行)には、審決認定の「方向をそろえて所定断面形状に集束」する点は開示されていないし、同じく「前記方向に対し略直交する方向へ切断することにより滑り止めチップを形成」することも、「滑り止め材(2)の切断面を接地可能に外側にして・・・固定した」ことも記載されていない。したがって、審決の上記認定は根拠がない。

仮に、引用例に審決の認定のとおりの滑り止めチップが開示されているとしても、そのチップは樹脂を含浸し、それによって塊状に固められているため、吸水性を持たないものであって、トレッド材より相対的に氷雪面に食い込むだけであり、吸水性とは何ら関係のないものである。引用例には、その滑り止め材が吸水性を発揮する点について何ら示唆するところはない。

審決は、引用例考案において、「滑り止め材を集束したものをゴムなどの樹脂で固める」ことは、本願考案の実施例と同じく、本願明細書に記載されたように、滑り止め材を「束ね、周囲にゴムなどを塗布し」(甲第3号証明細書6頁12行)、滑り止め材がばらばらにならないように固めることを意味することは、当業者に自明なことであり、この点に相違点は存在しないと認定している(審決書7頁10~19行)。

しかし、周囲にゴムなどを塗布する本願考案の方法は、明らかに吸水性を具備した滑り止めチップを形成するためのものであり、これが、引用例考案の「滑り止め材を集束したものをゴムなどの樹脂で固める」方法とは異なるのであるから、審決の上記認定は誤りである。

(2)  本願考案の滑り止めチップは、引用例考案とは異なり、本願明細書(甲第3号証)に記載されているとおり、繊維状物を集束一体化する場合に、繊維状物の間に毛細管現象による吸引機能が生ずるように形成する(同号証明細書6頁13~15行)ものであり、この繊維状物1の切断面を露出、接地させることにより、スリップの原因になる水分を吸引するので、走行中路面の水分がチップ2に吸収され、抵抗が高められ、また、各トレッド凸部7は周方向の小壁8により連絡されているので、それで囲まれた部分に入る雪、泥等を踏み固めるよう作用する。

そして、本来吸水性のない車輪の接地面が、繊維の集束間隙に吸水性を有する多数の滑り止めチップ2により吸水性を帯びるので、路面との間に介在する水分が吸着されスリップが防止され、吸水したチップ2中の水分が、温度低下により凍結し、凍結路面との間で接着性が生じスリップし難くなり、さらに、タイヤゴムと異質の滑り止めチップ2が多数植設されているから、接地面の性質が一様でなくなり、路面との摩擦抵抗が向上するとの効果を奏する。

(3)  このように、引用例考案のゴム等の樹脂で固めている滑り止め材とゴム等の樹脂で固めていない本願考案の滑り止めチップとは、構成において相違し、得られる作用効果も全く別異なものである。

にもかかわらず、審決は、この相違点を看過し、本願考案と引用例考案とは、「滑り止め材を方向をそろえて所定断面形状に集束し、かつ前記方向に対し略直交する方向へ切断することにより滑り止めチップを形成し、他方、タイヤ本体の接地面に突出したトレッド凸部を多数タイヤ周方向へ間隔をおいて突設し、各トレッド凸部に前記チップを、その滑り止め材の切断面を接地可能に外側にして、1又は2以上固定した滑り止めタイヤ」である点で一致すると誤って認定した。

2  取消事由2(相違点3の誤認及びこれについての判断の誤り)

審決は、相違点3として、「滑り止めチップを、本願考案では、「各トレッド凸部のタイヤ幅方向に2以上固定した』のに対して、引用例の第9図に開示されたものでは、各トレッド凸部のタイヤ幅方向に2以上固定したかどうか不明である点」と認定し(審決書5頁10~14行)、この点にっき、「滑り止めチップを各トレッド凸部のタイヤの幅方向に複数個固定したほうが、滑り止めチップを各トレッド凸部のタイヤの幅方向に1個のみ固定したものより、滑り止め効果がよくなることは当業者に自明であるから・・・当業者がきわめて容易に想到しうることである。」と判断しているが、誤りである。

前記のとおり、引用例考案の滑り止め材は全体が固化した吸水性のない一個の塊となっているのであって、吸水性を有する本願考案の滑り止めチップとは似て非なる関係にあるのであるから、当業者といえども、引用例考案に基づいて本願考案を考案することがきわめて容易であるということはできない。

したがって、審決の相違点3についての認定、判断は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定、判断は正当であって、原告ら主張の取消事由はない。

1  取消事由1について

(1)  引用例(甲第2号証)には、トレッド材と滑り止め材の相対的な局部接地圧力の違いによって滑り止め作用をさせるために、トレッド材として用いられるゴムより圧縮強度の高い繊維束をトレッド材に配してトレッド面よりその一部を露出させることで滑り止め材として機能させた滑り止めタイヤが記載されている。

そして、引用例考案において、滑り止め材として有機繊維を始めとしてその他種々の繊維を用いること及びこれらの繊維には、樹脂含浸処理を付加的に採用できること(同号証8欄19行~9欄4行)、滑り止め材である繊維束は、小口部分が接地面を向くようにトレッド材に設けられていること(同12欄10~12行)が記載されている。

この場合、繊維束がトレッド材に「固定」して設けられることは、その持続的な機能の発揮の要請上当然のことであり、また、繊維束が「所定断面形状に集束して」形成されることも当然の構成であり、さらに、かかる繊維束を得るに当たり、繊維を切断した後集束し繊維束を製造するよりも、繊維を集束しその集束して長尺の繊維束を集束の方向に対して略直交する方向へ所定長で切断し製造する方が容易であるから、後者の方法を採用することも常套手段に属する。

これらのことから、引用例には、繊維を方向をそろえて所定断面形状に集束し、その集束の方向に対し略直交する方向へ所定長で切断し、その切断面である小口部分を接地可能に外側にしてトレッド材に固定する技術が記載されているものと理解できる。

この繊維を束ね繊維束にする技術においては、繊維束がばらばらにならないように束ねれば、目的を達成できるものであるから、ゴムなどの樹脂による処理は、何も繊維束の中心部に至るまで隈なく含浸処理しなければならないような処理ではなく、特開昭49-67304号公報(乙第5号証)に開示されているように「繊維束に鞘状ゴムを部分的に浸透させて束ねる処理」をし、集束した繊維束の周囲を被覆するように処理すれば済むものである。したがって、引用例考案の滑り止め材において、繊維には必ずしも樹脂を含浸して固めなければならないものではない。

したがって、審決認定の「滑り止め材をゴムなどの樹脂で固めたもの」は、「ゴムなどの樹脂で含浸処理をしていない繊維の束がばらばらにならないように、ゴムなどの樹脂を繊維束の周囲のみに塗布し固めたもの」も含むものであり、審決の述べるとおり、この点において、『本願考案と引用例考案に相違点は存在しない。そして、このようなものにあっては、吸水性を有するものであることは明らかである。

以上のとおり、引用例の記載事項についての審決の認定に誤りはなく、引用例記載の滑り止め材と本願考案の滑り止めチップとは構造において差がないものであるから、審決の一致点の認定にも誤りはない。

(2)  原告らは、本願考案が吸水による滑り止め効果あるいは凍結による滑り止め効果を奏すると主張する。

しかし、道路に存在する大量の水に対して、滑り止めチップの繊維が滑り止め効果を奏するほどの水を瞬時に吸水し、さらには、その大量の水を吸水し続けて、滑り止め効果を維持し続けることができるとは到底考えられず、また、走行中のタイヤが滑り止め効果を奏するほど吸水したチップ中の水分が瞬時に凍結するとも考えられない。

ゴムタイヤ中に異質物質を混在させることで、滑り止め効果を奏させることは、引用例に既に開示されている技術の奏する効果と同等のものである。

2  取消事由2について

審決の引用例記載の滑り止め材についての認定に誤りがなく、また、上記滑り止め材が吸水性を有することは前記のとおりであるから、審決の相違点3についての認定判断に誤りはない。

第5  証拠関係

証拠関係は記録中の証拠目録の記載を引用する。書証の成立についてはいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(一致点の誤認及び相違点の看過)について

(1)  引用例(甲第2号証)の特許請求の範囲第1項には、「タイヤのトレッド材1にこのトレッド材1に比較して圧縮強度の高い滑り止め材2を一体的に多数配しかっこの滑り止め材2の一部がトレッド面から見て比較的細長い形状をもってトレッドに露出する様にしたことを特徴とする滑り止めスノータイヤ」と記載され、その発明の詳細な説明中には、この滑り止め材2にっき、「第9図の様に、滑り止め材2を集束してゴムなどの樹脂で固め、小口部分が接地面を向くようにトレッド材1に設けてもよい。」(同号証12欄10~12行)と記載されている。

この記載と引用例図面第9図をみれば、引用例には、審決認定のとおり、「滑り止め材(2)を方向をそろえて所定断面形状に集束しゴムなどの樹脂で固め、かつ前記方向に対し略直交する方向へ切断することにより滑り止めチップを形成し、他方、タイヤ本体の接地面に突出したトレッド材(1)を多数タイヤ周方向へ間隔をおいて突設し、各トレッド材(1)に前記チップをその滑り止め材(2)の切断面を接地可能に外側にして、1又は2以上固定した滑り止めタイヤ」が記載されていることが、明らかである。このことが引用例に開示されていないとの原告らの主張は何らの根拠もない。

(2)  原告らは、引用例考案の滑り止めチップは、氷雪面に食い込む手段であるから、樹脂を含浸させ、しかも塊状に固められているものであると主張する。

しかし、引用例に、審決認定のとおり、「滑り止め材2の材質は任意であるが、ゴム・ポリウレタン・プラスティック等の樹脂の外、有機繊維、カーボン・ガラス・セラミックス・金属等の無機繊維、又はこれらの繊維に樹脂を含浸したものを用いると質量と強度の関係から良好である。」(甲第2号証8欄19行~9欄4行)との記載があることは、原告らも認めるところであり、この記載によれば、引用例考案における滑り止め材2の繊維は、金属繊維を用いてもよく、また、必ずしも樹脂を含浸したものに限られないことは明らかである。

一方、特開昭49-67304号公報(乙第5号証)に見られるように、「トレッド部分の表面と実質的に直角に配置された金属ワイヤまたは金属ワイヤの束を含み、前記ワイヤまたはワイヤの束はゴムで鞘状に包まれてトレツド表面から半径方向外方に突出し」(同号証2頁右下欄14~18行)たアンチスキッド要素すなわち滑り止め材は、本願出願前、周知の技術と認められ、これにつき、同公報には、「ワイヤまたはその各束に対する鞘状ゴムは鋼接着ゴム混合物でありこの混合物がワイヤ束に少くとも部分的に浸透することが好適である。このようにすれば、ワイヤ束が常にしかも十分に弾性を持つコンパクトな組合せが得られ、これがまたトレツド部分のゴムと十分に加硫可能なように接合されることになる。」(同3頁右上欄14~20行)と記載されていることからすれば、金属ワイヤからなる繊維状物を方向をそろえて所定断面形状に集束して、部分的にゴムなどの樹脂で固め、小口部分が接地面に向くようにトレッド材に設けることもまた、周知の技術であったと認められる。

そうすれば、引用例に接した当業者は、引用例の上記「第9図の様に、滑り止め材2を集束してゴムなどの樹脂で固め、小口部分が接地面を向くようにトレッド材1に設けてもよい。」(甲第2号証12欄10~12行)との記載と引用例の図面第9図から、上記周知の技術と同じ技術が開示されていると理解することは明らかである。

すなわち、引用例には、繊維束の中心部に至るまで隈なく固めたものだけではなく、上記周知技術のように、繊維束を集束して、部分的にゴムなどの樹脂で固めた滑り止め材が開示されているといわなければならなない。

このような滑り止め材が、本願考案の実施例として本願明細書(甲第3号証)に記載されている「各筒ピン形チップ2B、2Cは、紐状のもの或いは短繊維を丸棒状、または角棒状に束ね、周囲にゴム、接着剤類を塗布したのち定寸に切断して形成する」(同号証明細書6頁10~13行)滑り止めチップと同等のものであることは明らかである。

したがって、本願考案の滑り止めチップが「繊維自体の吸水性のほか、繊維間に毛細管現象により吸引させる作用」(同6頁14~15行)、その他原告らの主張する効果を有するのであれば、引用例考案のものも、同等の効果を奏することは、自ずから明らかといわなければならない。

以上のとおりであるから、本願発明と引用例考案との一致点についての審決の認定は正当であり、相違点の看過はなく、原告ら主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(相違点3の誤認及びこれについての判断の誤り)について

本願考案は、その要旨に示すとおり、滑り止めチップを「各トレッド凸部のタイヤ幅方向に1又は2以上固定した」ものである。一方、引用例(甲第2号証)に、滑り止めチップを各トレッド凸部のタイヤ幅方向に1又は2以上固定したものが記載されていることは前示のとおりである。

すなわち、本願考案と引用例考案とは、この点において構成上の差異は認められないのに、審決は、本願考案が、滑り止め材を「各トレッド凸部のタイヤ幅方向に2以上固定した」ものとして、要旨に基づかない認定をし、このように誤った認定を前提にして、この点を引用例考案との相違点3とし(審決書5頁10~14行)、この点にっき、当業者がきわめて容易に想到できることであると判断している(同6頁17行~7頁5行)。

しかし、この点は、上記のように本願考案及び引用例考案において同一の構成であるから、これにつき、きわめて容易に想到できるかどうかを検討するまでもなく、引用例考案の適用そのものとして、当業者がなしえることであって、上記一致点を相違点とした審決の誤りは、審決の結論に影響を及ぼさないことが明らかである。

したがって、相違点3につき審決の認定、判断の誤りをいう原告らの取消事由2の主張も理由がない。

3  以上のとおり、原告らの審決取消事由はいずれも理由がなく、その他、審決にこれを取り消すべき暇疵は見当たらない。

よって、原告らの請求を棄却することとし、訴訟費用の負担にっき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条、93条1項本文を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)

平成2年審判第22651号

審決

東京都文京区千石3丁目28番1号

請求人 三浦工業株式会社

東京都文京区千石3丁目28番1号

請求人 三浦菱興

東京都北区東十条5-10-1 井択特許事務所

代理人弁理士 井沢洵

昭和60年実用新案登録願第181996号「滑り止めタイヤ」拒絶査定に対する審判事件(昭和62年6月9日出願公開、実開昭62-90204)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

(手続の経緯・本願考案の要旨)

本願は、昭和60年11月26日の出願であって、その考案の要旨は、平成3年1月10日付け手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、実用新案登録請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。

「植物繊維、動物繊維、合成繊維その他より成る繊維状物1を方向をそろえて所定断面形状に集束し、かつ前記方向に対し略直交する方向へ切断することにより滑り止めチップ2を形成し、他方、タイヤ本体3の接地面4に、その幅方向へ細長く突出したトレッド凸部7を多数タイヤ周方向へ間隔をおいて突設し、各トレッド凸部7のタイヤ幅方向に前記チップ2を、その繊維状物1の切断面を接地可能に外側にして、1又は2以上固定したことを特徴とする滑り止めタイヤ。」

(引用例)

これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された特開昭60-166507号公報の第9図及び第12欄第10~12行(以下、「引用例の第9図」という。)には、

「滑り止め材(2)を方向をそろえて所定断面形状に集束しゴムなどの樹脂で固め、かつ前記方向に対し略直交する方向へ切断することにより滑り止めチップを形成し、他方、タイヤ本体の接地面に突出したトレッド材(1)を多数タイヤ周方向へ間隔をおいて突設し、各トレッド材(1)に前記チップをその滑り止め材(2)の切断面を接地可能に外側にして、1又は2以上固定した滑り止めタイヤ。」

が開示されている。

また、引用例の第8欄第19行~第9欄第4行(以下、「引用例の第8、9欄」という。)には、

「滑り止め材の材質は任意であるが、ゴム・ポリウレタン・プラスチック等の樹脂の外、有機繊維、カーボン・ガラス・セラミックス・金属等の無機繊維、又はこれらの繊維に樹脂を含浸したものを用いると質量と強度の関係から良好である。」と記載されている。

(対比)

そこで、本願考案と引用例の第9図に開示されたものとを対比してみる。本願考案の「繊維状物」は、タイヤの滑り止めのために用いられるものであるから、「滑り止め材」であるともいえ、また、引用例に開示されたものの「トレッド材(1)」は、本願考案の「トレッド凸部」に相当するものである(以下、「繊維状物」及び「トレッド材(1)」は、それぞれ「滑り止め材」及び「トレッド凸部」とする。)。

したがって、両者は、

「滑り止め材を方向をそろえて所定断面形状に集束し、かつ前記方向に対し略直交する方向へ切断することにより滑り止めチップを形成し、他方、タイヤ本体の接地面に突出したトレッド凸部を多数タイヤ周方向へ間隔をおいて突設し、各トレッド凸部に前記チップを、その滑り止め材の切断面を接地可能に外側にして、1又は2以上固定した滑り止めタイヤ。」

である点で一致し、以下の点で相違する。

1. 滑り止め材を、本願考案では、「植物繊維、動物繊維、合成繊維その他より成る繊維状物」としたのに対して、第1引用例の第9図に開示されたものでは、その形状及び材質が不明である点。

2. トレッド凸部が、本願考案では、「幅方向へ細長く」されたのに対して、第一引用例の第9図に開示されたものは、幅方向へ細長くされているかどうか不明である点。

3. 滑り止めチップを、本願考案では、「各トレッド凸部のタイヤ幅方向に2以上固定した」のに対して、第一引用例の第9図に開示されたものでは、各トレッド凸部のタイヤ幅方向に2以上固定したかどうか不明である点。

(当審の判断)

前記相違点について検討する。

(1) 相違点1に関して

引用例の第8、9欄には、滑り止め材として、有機繊維その他の繊維を用いることが開示されている。そして、有機繊維とは、植物繊維、動物繊維及び合成繊維を含むことは、当業者に自明なことである。

したがって、引用例の第9図に開示されたものの滑り止め材として、引用例の第8、9欄に記載された滑り止め材を採用して、本願考案のように、滑り止め材を「植物繊維、動物繊維、合成繊維その他より成る繊維状物」とした点は、当業者がきわめて容易に想到しうることであり、かつ、その点による効果は、当業者が当然に予測しうる程度のことである。

(2) 相違点2に関して

タイヤの滑り止め効果をよくするために、トレッド凸部を「幅方向へ細長く」することは、例示するまでもなく、この出願の出願前周知の慣用技術であるから、トレッド凸部を「幅方向へ細長く」したことは、設計的事項にすぎない。

(3) 相違点3に関して

引用例の第9図に記載された滑り止めタイヤにおいて、滑り止めチップを各トレッド凸部のタイヤの幅方向に複数個固定したほうが、滑り止めチップを各トレッド凸部のタイヤの幅方向に1個のみ固定したものより、滑り止め効果がよくなることは当業者に自明であるから、「各トレッド凸部のタイヤ幅方向に2以上固定した」点は、当業者がきわめて容易に想到しうることである。

なお、請求人は、滑り止め材を、本願考案では、ゴム等の樹脂で固めていないのに対して、引用例の第9図に開示されたものでは、ゴム等の樹脂で固めている点で相違する旨主張している。しかしながら、引用例の第9図に開示されたものにおいて、「滑り止め材を集束したものをゴムなど樹脂で固める」ことは、本願考案の実施例と同じく、本願明細書の第6頁第12行に記載されたように、滑り止め材を「束ね、周囲にゴムなどを塗布し」、滑り止め材がばらばらにならないように固めることを意味することは、当業者に自明なことである。したがって、本願考案と引用例の第9図に開示されたものとに、請求人の主張する前記相違点は存在しない。

(むすび)

以上のとおりであるから、本願考案は、引用例に記載された考案に基づいて、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められるので、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成6年4月12日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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